2016年08月25日

量子ビットを設計する 1 「基本的な説明」

最近、目まぐるしく忙しいです。水面下でいろんなことが加速し始めていて、帰るとぐったりです。

忙しいのはさておき、フランスからの学生さんが帰仏しました。彼のテーマはずばり超伝導量子ビットの設計。いわば本丸、いえ天守閣の部分ですよね。人手が足りないのでインターンシップの学生さんに5か月で設計をお願いしておりました。

超伝導量子ビットの設計、難しそうに思うでしょう。もちろん、いいものを作ろうとするとそれなりの苦労がありますが、ほとんどの問題を古典的な電磁界計算に押し込めて、有限要素法(FEM)でばりっと計算すると、それなりのことが分かります。彼にはこの電磁界シミュレーションを担当してもらっていました。

超伝導量子ビット、とりわけ私たちが使うトランズモン型はほとんどがLC共振器です。ジョセフソン接合は、臨界電流 IC=1 uA で等価インダクタンスLJが300pHと計算します。この関係は反比例でIC LJ = 300pH uAです。まぁ私もこの辺は良く知りませんがボスが超強力な専門家なので大丈夫です。私の専門には電磁気学を含みますが、役に立たない大学の電磁気ではなく「生きる」電磁気学です。電磁気学は境界条件をバリバリかけ始めてからが実学として面白いですよね。

とりあえず超伝導量子ビット、特にトランズモン型はキャパシタによる帯電エネルギー(Q^2/2C)が小さい、つまりジョセフソン接合を思いっきりキャパシタでシャントする構造をとります。まぁ、いろいろ説明をぶっ飛ばすと、10GHz程度の共鳴周波数を狙うなら、インダクタンス6nH (Ic=50uA)としてジョセフソンエネルギーEJ/hを30GHz程度に用意して、構造からなるキャパシタを形成すればよい訳です(下図)。
Q0

最も簡単な構造は、ダイポールアンテナです。半波長ダイポールアンテナは、波長程度の大きさを必要とするため、量子ビットには容量環を付けます。もちろんジョセフソン接合はアンテナのローディングコイルになりますので、中心部に6nHを付けた形となります。この構造が、目的の5-10GHzで共鳴周波数を持つように設計するわけです(下図)。この容量環が正負で帯電すると電界が生じますので(電気力線を矢印で描いています)、キャパシタとなるわけです。電荷が2eで帯電するのは、超伝導体中ではクーパー対を形成するからです。
Q1
実際に8GHzでの共鳴に必要なキャパシタンスは約60fF(=0.06pF)です。これを超伝導薄膜による平面の空間的な構造を使って作ろうとすると、結構容量を稼ぐのが大変となります。もちろんこのアンテナはシリコンまたはサファイヤの基板上に形成しますが、その電界・磁場分布は平面内だけではありません。基板面直方向も重要で、3次元的なものとなります。そこで3次元の電磁界シミュレータの出番となるわけです。

この10年の研究の成果、いろんなことが分かってきました。端的にいうと「でかい方がコヒーレンス時間が長い」ということです。というのも、量子ビットのコヒーレンス時間を一番苦しめるものは、基板の誘電損です。古典的にはただの損失ととらえますが、ミクロスコピックには基板中の不明な欠陥や同じエネルギーを持った自由度に、量子ビットのエネルギー励起が散逸していると考えています。

従来は数ミクロンから数十ミクロン角の量子ビットであり、電磁場は強くある領域に閉じ込められていました。そこである人が量子ビットが作り出す電磁界分布のエネルギー密度が、ちょっと高すぎるんじゃね?と考えました。単位体積当たりのエネルギー密度が高まると、欠陥中の不明な準位との結合が強くなります。これにより誘電損が大きくなり、デコヒーレンスとなります。そしてみんな、こぞって数百ミクロン−1ミリメートルになるような量子ビットを開発するようになりました。もちろん材料の向上も重要な要素であり、この10年で材料&幾何学形状という改善により、超伝導量子ビットはゲート型量子コンピュータのスタートラインに立ったのです。


jjq303dev at 23:30│Comments(0)量子ビット 

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プロフィール
日々徒然過ごしている研究員。

趣味は星、自転車、コーヒー。